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🕊勝海舟について①🌈

今日は🍀

月曜日 夜になりました☆

11月も残すこと僅か・・早いものですね☆☆☆



さて、今日は 12/11年忘れの宴、メインイベント勝海舟の末裔による

トークショーに向けて、簡単に勝海舟について書きたいと思います!!


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勝海舟は、1823年(文政6年)、現在の墨田区で生まれました。

役職のない旗本の家に生まれ、生活は貧しかったそうです。


少年時代は、剣術を熱心に励む青年でした。


20歳を過ぎると、剣術では免許皆伝をとり、またその頃 西洋兵法を学び、オランダ語を勉強し始めます。


20代後半で、赤坂に 蘭学の私塾を開きますが、ペリー来航後、幕府へ度々、意見書を

出したことがきっかけで、幕府の目に止まります。


幕末、国難とも言える海防に頭を悩ませていた老中 阿部正弘は、朝廷を始め 広く意見を

求めまていました。


その中で、阿部正弘は勝海舟らを登用し、長崎海軍伝習所を創設します(やがて、長崎海軍伝習所は日本海軍の全身となりました)。


1860年には、咸臨丸(かんりんまる)で日本人による初の太平洋横断に成功しました✨

(38歳頃でしょうか・・?同じくらいで、臨場感を感じます^^●)


その地で アメリカの近代社会をその目で見てきた勝海舟は、軍艦奉行に昇進し、倒れかけた幕府の中で海軍創設に尽力します。


その2年後、長崎に新たな海軍学校を開き 国防のための人材教育の場として

幕臣のほか、坂本龍馬ら攘夷派の脱藩浪士の教育に励みました!


(参考「https://intojapanwaraku.com/culture/173064/」)


           〜つづく〜

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(https://yahoo.jp/LTLF72)

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