松平大和守編③★

更新日:8月17日


こんにちは☆

今日は、新幹線で京都に向かっています。

思い切って、石川丈山ゆかりの詩仙堂に行くことにしました✨

いつかいつか…と思っていたけれど、

ようやく機会に恵まれて行けることになりました☆

さて、今日は【結城家(氏)】について、簡単に書きたいと思います☺︎

楽しいのかは 微妙ですが、時にはこのふるぶるしさも

愛嬌だと思って欲しいです・・・笑

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松平大和守家は、江戸時代初期に 鎌倉時代から続く【結城家】を継承しました。

【結城氏】は、遠祖を藤原鎌足の孫 『房前』の子【魚名】とし、その流れの藤原秀郷の

系譜としています☆

凄く昔の話で、平安時代・・のことですが、


藤原秀郷という人は、平将門を撃ち、その功により

武蔵守・下野守に任じられた人です✨

(将門といえば、日本三大怨霊の一つ。大手町にある首塚で有名ですよね★

因みにですが、酒井抱一の育った酒井家上屋敷も大手町にありました)

この藤原秀郷を祖と称する坂東武士が繁栄しますが、

中でも小山(おやま)、結城の両家は鎌倉以来、戦国時代まで守護職として

活躍します。

結城氏は、まず、小山(おやま)を名乗りました。

そして、藤原秀郷から数えて10代目が『小山政光(結城朝光の父)』です。

小山氏は、下野国司として、秀郷以来の直系の子孫としての地位を

11世紀前半まで保ち、その後、戦国時代まで守護職として続きました。


小山政光(結城朝光の父)の長男はそのまま宗家を継ぎます。三男の結城朝光は、源頼朝を烏帽子とし、母を寒河尼(頼朝の乳母)としています。


一方、三男結城朝光は、源頼朝を烏帽子とし、母を寒河尼(頼朝の乳母)としています。


そうなのです!朝光は三男ではありますが、家説によると頼朝の御落胤説を称しているため、下総結城を支配し、【結城氏】を興すことを認められたそうです。

そして、代々【結城家】を盛り立てて行きました。

                       ~つづく~


   (参考 『結城松平家と家臣団』 稲葉朝成著)

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   今年の大河ドラマにも偶に登場しています↓↓↓

(参考 https://www.nhk.or.jp/kamakura13/cast/yuki-tomomitsu.html)


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